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見つかった、やりたかった仕事!!

曽根 厚宏さん:多度津町在住・2025年移住・30代

見つかった、やりたかった仕事!!

多度津町に移住した曽根さん、「Tadoruze」のコラムの取材で多度津町の歴史を知り、地元の方とコミュニケーションを深められたことが、移住後の生活に大いに役立ったそうです。今はアンテナショップ兼ゲストハウスのオープンに向けた準備で充実した日々を過ごしています。

いろいろな経験が今に繋がって

学生時代を京都で過ごし、アメフトや空手に夢中になっていた曽根さんは、京都の日本料理の店で社会人生活をスタートさせます。その後、声優への憧れから東京の専門学校に入り、声優事務所に所属することになります。また、趣味のアウトドアを活かして子どもキャンプのインストラクターやイベント運営など、持ち前のバイタリティで幅広い経験をしてきました。
将来移住することになる多度津町との初めての接点は、バイクで四国を巡るお遍路参りの時でした。通過点のひとつだった多度津町ですが、特に印象的だったのは「鉄道発祥のまち」として名高い多度津駅の木造駅舎、そして高台にある金剛禅総本山少林寺です。最後に、数字の並びが印象的だった77番札所道隆寺が記憶に残っていたそうです。

世界一周の船旅に出たあと考えた、「これから」のこと

曽根さんはお遍路をきっかけに旅が好きになり、日本一周、そして世界一周の旅に出かけます。自分の知見を広げる旅から大阪へ戻り、この経験を活かして何かをしたいと悩み始めた矢先、付き合っていた彼女(今の奥様)から地域おこし協力隊の募集のことを教えてもらいました。
数ある中で目が留まったのは、多度津町の地域おこし協力隊でした。お遍路の時の記憶が蘇り、「あの多度津町だ!」と一気に歯車が動き始めます。多度津町から委嘱を受けた地域おこし協力隊員は、町から認定された支援団体のもとで移住してからすぐに安心して仕事が始められる制度があったのも背中を押してくれました。

見つかった、やりたかった仕事とは

地域おこし協力隊の支援団体で曽根さんの職場となった「合同会社ファイブアップたどつ」は、多度津町の活性化のための情報誌「Tadoruze」を発行し、多度津町内へ全戸配布しています。新たな事業として「アンテナショップのオープンと商品開発」、「多度津の商材を集めたネット通販の運営」のための人材を募集していました。これは直感的に面白そうだと感じ、奥様と相談した結果、香川には奥様の友人もいることから話はトントン拍子に進み、多度津町の地域おこし協力隊に応募し、無事に選考を通過して現在に至ります。
多度津町に移住して現在2年目を迎えた曽根さんですが、「Tadoruze」のコラムの取材で多度津町の歴史を知り、地元の方とコミュニケーションを深められたことが、移住後の生活に大いに役立ったそうです。今はアンテナショップ兼ゲストハウスのオープンに向けた準備で充実した日々を過ごしています。

多度津町の楽しみ方

最初は、「地方の田舎町」程度に思っていましたが、多度津町立資料館の方に町の歴史を聞いて知っていくうちに興味が沸いて段々と好きな町に変わっていきます。特に満足しているのは「食」で、地元のスーパーに旬の産直野菜があって、地物の新鮮な魚が並び、得意な料理がさらに美味しく感じられることに家族で幸せを感じているそうです。
大阪時代からスーパーに行くのが好きだったのが、多度津町に住み始めてからもっと楽しみになり、美味しい食材が近くに全部揃っているコンパクトな多度津町の良さを毎日のスーパーで実感しています。
そして、お気に入りの場所は「桃陵公園」で、花の絵を描く画家の妻と一緒に散策しながら様々な花を見つけるのが楽しみの一つだとか

これから移住される方へ

自分はかなり恵まれた条件・環境で移住してきたと思っていて、たまたまご縁があって香川県の多度津町にくることができました。まずは、どんな仕事をするかを大切にして欲しいと思います。移住先としての香川県はまさに住めば都で、絶妙に田舎すぎず都会すぎずなんです。香川は田舎暮らしに憧れて住む県としては本当にオススメです。その中でも多度津町は歴史があってさらにコンパクト。香川の良いところをギュッとしたのが多度津町です。